| 号 数 | 刊行年月 | タ イ ト ル | 執 筆 者 |
| 第23号 | 平成7年3月 | 北海道南西沖地震(1993年7月12日)発生直後に洞谷湖上に浮上した樹木の14 C年代資料 | 赤松守雄,山田悟郎,三野紀雄,中村俊夫 |
| 北海道における完新世貝類群集の特性-石狩低地帯沿岸地域 と内浦湾地域を例として- | 赤松守雄,山崎理子,荒川忠宏 | ||
| 終戦直後の「樺太」における日本人社会の動向調査資料について-ソ連極東軍の 内部調査資料- | 矢野牧夫,小田島和平 | ||
| 徳川家康黒印状(慶長9年1月27日付松前志摩守宛)-徳川将軍権力のアイヌ民族 認識- | 海保嶺夫 | ||
| 利尻島における住宅の変遷に関する研究(8) | 小林孝二 | ||
| 商場知行制成立過程の再検討-鎖国に関して- | 小林真人 | ||
| 博物館の社会教育施設論 | 藤田昇治 | ||
| 寿都海神社の観音信仰 | 舟山直治 | ||
| 野幌森林公園におけるバイケイソウVeratrum aibum L.subsp.oxysepahm Hultem の訪花昆虫と受粉について | 水島未記 | ||
| 第24号 | 平成8年3月 | 羅臼沖から発見されたマンモスゾウ臼歯化石の年代について | 山田悟郎,赤松守雄,仲谷英夫,熊崎農夫博 |
| オホーツク海底上で採集される黒耀石礫とその意義 | 赤松守雄,本吉春雄,右代啓視 | ||
| Pollination Biology of Asiasarum heterotropoides(Aristolochiaceae) | 水島未記,大原雅,筒井澄 | ||
| 先史時代における木材利用(2)-北海道の縄文時代及び続縄文時代の住居や用具類 の製作などに用いられる木材- | 三野紀雄 | ||
| オホーツク文化期に利用された植物 | 山田悟郎 | ||
| 近年発掘されたサハリン州先史時代遺跡の14C年代について | 野村崇 | ||
| 渡党と秀吉政権-「エゾ」から「和人」へ | 海保嶺夫 | ||
| 「樺太」のソ連邦領土編入に関する資料-サハリン州公文書館の調査から- | 矢野牧夫,小田島和平,西村巌 | ||
| 体験学習室における学習指導例-体験学習室行事「アイヌ民族の狩猟具」の実践 を通して- | 五代まゆみ,斉藤智子,工津尋美,八幡美子,出利葉浩司,手塚 薫 | ||
| 第25号 | 平成9年3月 | 北海道北部利尻・礼文島における完新世自然貝殻層とその意義 | 赤松守雄,斉藤文紀,池田国昭,横田節哉,羽坂俊一, 松本英二,山崎理子 |
| 北海道の縄文時代遺跡から出土した堅果類-クリについて- | 山田悟郎,柴内佐知子 | ||
| サロマ湖三里浜で採取された最終氷河期推積物の花粉分析について | 本間有紀,山田悟郎 | ||
| 厚岸町における丸木舟について | 熊崎農夫博,三野紀雄 | ||
| 石狩低地帯の先史時代遺跡から出土した木質遺物 | 三野紀雄 | ||
| 博物館民族資料はいかに収集されたか-明治年間に残された 外国人の記録から- | 出利葉 浩司 | ||
| ロシア・ハバロフスク地方におけるエヴエンキ、ネギダール、 オロチの植物利用 | 手塚薫,水島未記 | ||
| 踏鋤の拡がりと系譜 | 氏家等 | ||
| 山丹交易品蝦夷錦の基準資料 | 矢島睿 | ||
| アイヌ民族の建造物に関する諸問題-その1、いわゆるケトウンニ構造を中心とする 住居(チセ)の構造について- | 小林孝二 | ||
| 北海道における角巻の定着課程について | 五代まゆみ | ||
| 昭和10年代の北海道における人造石油工場と戦後民需生産への転換-北海道人造 石油滝川工場と滝川化学工業- | 丹治輝一,青木隆夫 | ||
| 「夷仁」と「夷」-再び家康黒印状について- | 海保嶺夫 | ||
| 十勝における北海道旧土人保護法による土地下付 | 山田伸一 | ||
| 戦後における日本陸海軍の飛行場建設と労務動員について-千島・樺太・北海道 における戦時土木労働の概況- | 寺林伸明 | ||
| 第26号 | 平成10年3月 | 日本列島北端で展開された雑穀農耕の実態 | 山田悟郎 |
| 西南北海道北桧山地域の瀬棚動物群とその特性 | 添田雄二 | ||
| 飾り弓の材質と技法-北海道内出土遺物の検討から- | 小林幸雄 | ||
| 民族誌が描いた競争的活動の一類型-北太平洋地域諸民族における「コンテス ト」の事例- | 池田貴夫 | ||
| 大正末、昭和初期における鴻之舞鉱山の鉱害問題(1)-大正15年の 鉱毒事件の顛末- | 丹治輝一,内田大和 | ||
| 第27号 | 平成11年3月 | 北海道噴火湾奥沿岸からの野牛(Bison)化石の発見とその意義 | 赤松守雄,山田悟郎,三浦孝一,柴田信一,右代啓視 |
| 中世および近世アイヌ文化期遺跡から出土した作物 | 山田悟郎 | ||
| 野幌森林公園瑞穂池の陸水学的性状 | 永安芳江,石田昭夫,伊藤富子 | ||
| 擦文文化の拡散と地域戦略 | 右代啓視 | ||
| 民族学的情報伝達装置としての博物館-その研究の方向への視座- | 出利葉浩司 | ||
| フォ−ラムとしてのミュ−ジアム | 手塚薫 | ||
| 極北圏における大型住居の出現と文化接触の関係 | 手塚薫 | ||
| 頭(額)背負運搬の系譜と拡がり-アイヌ民族の 頭(額)背負運搬を中心に- | 氏家等 | ||
| ヒグマをとりまく猛獣群の民族学的位置づけ-北東アジアにおけるツキノワグマ、 オオカミ、トラとの比較- | 池田貴夫 | ||
| 大正末、昭和初期における鴻之舞鉱山の鉱害問題(2)-昭和10年の 鉱毒事件の顛末- | 丹治輝一,内田大和 | ||
| 「北海道旧土人保護法」による下付地の没収-第3条の適用実態について- | 山田伸一 | ||
| 第28号 | 平成12年3月 | 先史時代における木材の利用(3)-石狩低地帯における木材利用の地域的・時代 的な差異について | 三野紀夫 |
| ゴボウ考 | 山田悟郎 | ||
| ロシア・ハバロフスク地方におけるナーナイ、ウデへの植物利用 | 水島未記,池田貴夫 | ||
| 博物館展示はなにを伝達するのだろうか? -学芸員はなにを語ろうとしたのか? 開拓記念館アイヌ文化展示のコンセプト- | 出利葉浩司 | ||
| 「白布切抜文衣の誕生」再考 -アメリカ合衆国東部にある 博物館の資料を中心に- | 出利葉浩司 | ||
| 日本列島に点在する昆虫呼称「雪虫」 | 池田貴夫 | ||
| 「雪虫」に対する知見とイメージ-北海道大学と新潟大学の学生を対象としたア ンケート調査の結果から− | 池田貴夫,田島貴裕 | ||
| 大正末、昭和初期における鴻之舞鉱山の鉱害問題(3)-昭和12年の損害賠償請求 訴訟について- | 丹治輝一,内田大和 | ||
| 明治初期の地方博覧会と開拓使 -開拓使、北海道は どのように「見られていた」のか?- | 三浦泰之 | ||
| 拓殖館のアイヌ民族資料についての覚書 | 山田伸一 | ||
| 第29号 | 平成13年3月 | 化石からみたChlamys islandicus系列の種の変異と分化に関する一試案 | 赤松守雄,荒川忠宏,添田雄二 |
| 北海道東部厚岸湾周辺域における10〜18世紀の古墳境 | 添田雄二,熊崎農夫博,田島貴裕 | ||
| 先史時代における木材利用(5)−クリ材について− | 三野紀夫 | ||
| オサムシ科甲虫群集からみた森林のエッジ効果 | 堀繁久 | ||
| 北海道におけるコオイムシ属2種の形態と分布 | 堀繁久 | ||
| 移入種アライグマが捕食していた節足動物 | 堀繁久,的場洋平 | ||
| 野幌森林公園瑞穂池の陸水学的性状(その2) | 永安芳江,石田昭夫,伊藤富子 | ||
| 千島列島北部オンネコタン島ネモ湾に所在する周堤をもつ 特殊な遺構について −2000年IKIP(国際千島調査)の成果から− | 手塚薫 | ||
| 近世期以降における和人とアイヌ民族の文化接触による 水神信仰の変容について | 舟山直治 | ||
| 大豆から落花生へ −節分豆の変化をめぐる一考察− | 池田貴夫 | ||
| 『蝦夷草木図』写本の比較 | 林昇太郎,水島未記,手塚薫 | ||
| ウィーン万国博覧会と開拓使・北海道 | 三浦泰之 | ||
| 開拓使による狩猟規制とアイヌ民族 −毒矢猟の禁止を中心に− | 山田伸一 | ||
| 第30号 | 平成14年3月 | 野幌森林公園のゲンゴロウ相 | 堀繁久 |
| 野幌森林公園の魚類相について | 堀繁久,水島末記 | ||
| 野幌森林公園の両生類について | 堀繁久,水島未記 | ||
| オホーツク海沿岸濤沸湖における珪藻の分布特性 -10世紀以降の海水準変動に関連して- | 添田雄二 | ||
| アイヌ民族の住居(チセ)に関する研究(2) -北海道における民家研究史の検討と竪穴住居から平地住居への変容過程についての考察- | 小林孝二 | ||
| 新潟から北海道へ伝承した神楽について -近代以降の伝承過程における変遷要因の抽出を中心に- | 舟山直治,池田貴夫,兼平一志 | ||
| 「北海道旧土人保護法」による十勝アイヌの共有財産管理 | 山田伸一 | ||
| 第31号 | 平成15年3月 | 石狩低地帯における完新統自然貝殻層と群集特性 | 荒川忠宏,赤松守雄 |
| 孤立林のオサムシ科甲虫群集の特性 | 堀繁久 | ||
| 北海道出土の須恵器 -北海道開拓記念館所蔵資料より- | 鈴木琢也 | ||
| 備米制の成立過程と備米蔵 | 氏家等 | ||
| 小樽市における川裾神社の石碑について | 舟山直冶 | ||
| 『北海記』にみるクマ送り | 池田貴夫 | ||
| 被災した民俗 -北海道南西沖地震後の奥尻島における民俗事例の軌跡と文化再活性化について- | 池田貴夫 | ||
| 「北海道旧土人保護法」による既所有地の所有権制限 -第2条第3項の適用事例- | 山田伸一 | ||
| 〈研究ノート〉松浦武四郎「北海道国郡検討図」について | 三浦泰之,笹木義友 | ||
| 第32号 | 平成16年3月 | 奥尻島の歩行性甲虫相とタヌキによる捕食の影響について | 堀繁久 |
| 擦文文化期における須恵器の拡散 | 鈴木琢也 | ||
| 竪穴住居の復元的考察 −天塩町川口基線遺跡の復元事例を中心に− | 小林孝二 | ||
| 近世後期の松前山湊における芸能興業と旅人宿 −天保12年(1841)における越後の「中芝居」一座の松前・江差興業の事例から− | 三浦泰之 | ||
| 松浦武四郎「刊行本」に挿まれた絵および詩歌について | 三浦泰之 | ||
| 千歳川のサケ漁規制とアイヌ民族 | 山田伸一 | ||
| 第33号 | 平成17年3月 | 野幌森林公園瑞穂池の陸水学的性状(その3) | 永安芳江,高島義和,川村洋司,伊藤富子 |
| 擦文文化における物流交易の展開とその特性 | 鈴木琢也 | ||
| 北方諸地域における古代・中世の要害遺跡 | 右代啓視 | ||
| 接触・交錯するアイヌと和人のまつり −『北役紀行』記載、文久3(1863)年ハママシケの神社祭礼とクマ送りから− | 手塚薫,池田貴夫,三浦泰之 | ||
| 天保期の松前三湊における旅芝居興行覚書 | 三浦泰之 | ||
| アイヌ語地名の近現代史に関するノート | 山田伸一 | ||
| 第34号 | 平成18年3月 | 北海道北部小平町の鬼鹿層(中新統)から産出したPectinidae化石 | 赤松守雄,疋田吉識,鈴木明彦,嵯峨山積,添田雄二,越高大輔,平中伸英,能條 歩,都郷義寛 |
| 縄文文化の彩色土器とその技術−北海道における事例を中心に− | 小林幸雄 | ||
| 写真に残されたアイヌ資料−セントルイス万国博覧会に参加したアイヌの人々とその道具− | 出利葉浩司 | ||
| 北蝦夷地在住・栗山太平の活動 | 東 俊佑 | ||
| 開拓使に雇われた「画工」に関する基礎的研究 | 三浦泰之 | ||
| 20世紀前半のある樺太アイヌ村落の歴史的な位置づけ | 田村将人 | ||
| 「北海道鹿猟規則」施行後のアイヌ民族のシカ猟 | 山田伸一 | ||
| 第35号 | 平成19年3月 | ニヴフ語の植物名称:東方言を中心に | 水島未記,白石英才,丹菊逸治 |
| 函館市臼尻B遺跡出土漆製品の材質と技法 | 小林幸雄 | ||
| セントルイス万国博覧会で『展示』されたアイヌ衣服について | 出利葉浩司 | ||
| 18世紀中頃のアイヌ絵をめぐって | 舟山直治,三浦泰之,池田貴夫,小林孝二 | ||
| 幕末期北蝦夷地における大野藩のウショロ場所経営 | 東俊佑 | ||
| 白浜における集住政策の意図と樺太アイヌの反応 | 田村将人 | ||
| 近世中後期の北日本における旅芸人覚書 −松前・蝦夷地及び弘前藩の事例を中心に− | 三浦泰之 | ||
| 第36号 | 平成20年3月 | 縄文文化の透かし模様入り漆櫛とその技術 | 小林幸雄 |
| 中・近世アイヌ民族の農耕活動の実態について −発掘された畠跡と種子をもとにして− | 山田悟郎 | ||
| 千島列島への植民と生態環境復原への試み | 手塚薫,添田雄二 | ||
| ハイラム・ヒラーが残したガラス乾板 | 出利葉浩司 | ||
| 北海道における鹿子舞とその伝承 −物質文化から見えるもの− | 舟山直治,手塚薫,池田貴夫 | ||
| 遊楽部川へのサケ種川法導入と地域住民 | 山田伸一 | ||
| 第37号 | 平成21年3月 | 縄文文化における繊維質胎漆製品とその原材料(試論) | 小林幸雄 |
| 遺跡から出土したササ属種子について | 山田悟郎,椿坂恭代 | ||
| ロシア・サハリン州におけるニヴフの植物利用(3) | 水島未記,エレーナ S.ニトゥクク,白石英才,東俊祐 | ||
| 千島列島における環境変動と居住史の関係解明に向けて −2008年KBP調査の成果から− | 手塚薫,添田雄二 | ||
| 北海道における鹿子頭の再利用に関する研究 | 舟山直治 | ||
| 新十津川町開拓記念館所蔵「玉置神社奉祀之景」絵馬の意義 -その描かれ方と神社の立地をめぐって- | 池田貴夫 | ||
| 前幕領期の東蝦夷地各場所における建築活動 -『東蝦夷地各場所様子大概書』および『東行漫筆』から見た和人の建築活動- | 小林孝二 | ||
| フレデリック・スターが「選んだ?」アイヌ資料 −セントルイス万国博覧会、その後− | 出利葉浩司 | ||
| 1910年日英博覧会におけるアイヌ展示 −ハンマースミスとフルハム文書館および地域歴史センターにおける写真資料を中心に− | 宮武公夫 | ||
| 1900年代から1920年代の絵葉書アルバム考 | 三浦泰之 | ||
| 北蝦夷地における直捌の展開と越後差配人の漁場開設 | 東俊祐 | ||
| 札幌県による十勝川流域のサケ禁漁とアイヌ民族 | 山田伸一 | ||
| 第38号 | 平成22年3月 | オホーツク文化の竪穴住居構造について | 右代啓視 |
| 昭和30年代初期に建築された都市住宅の建築状況と変遷 −都市住宅から見た「高度経済成長期」における道民生活の変化− | 小林孝二,山際秀紀 | ||
| 和人地と蝦夷地の境界の移動にともなう神社祭祀の変遷 | 舟山直治 | ||
| 地域博物館における他者との連携による地域学習活動の現状と課題 −北海道士別市朝日町郷土資料室の事例− | 青柳かつら | ||
| 開拓使による奥尻島へのシカ移入とその後 | 山田伸一 | ||
| 日本領期の樺太における温泉文化誌・覚書 | 池田貴夫 | ||
| 第39号 | 平成23年3月 | 分子生物学的手法を用いた歴史的木造建築物の生物劣化調査(その1) −生物劣化部位の精密な把握について− |
杉山智昭,小林幸雄,小林孝二 |
| 北海道における7〜9世紀の土器の特性と器種組成様式 | 鈴木琢也 | ||
| 日高町に所在する飯田家住宅について | 小林孝二 | ||
| 北海道南西部、檜山地方中南部の神社祭祀 | 舟山直治 | ||
| テングサ採りの海女の出稼ぎ−三重県志摩地方から北海道利尻・礼文島へ− | 会田理人 | ||
| 【調査報告】 | |||
| アイヌ文化期における小氷期とその影響に関する研究 −伊達市ポンマ遺跡および千歳市末広2遺跡での調査報告− |
添田雄二,山田悟郎,鈴木明彦,都郷義寛,池田陽香,渡邊剛, 吉本充宏,早田勉,中村賢太郎,青野友哉,松田淳子, 久原直利,菅野修広,赤松守雄 |
||
| 博物館収蔵庫における環境清浄度調査−落下菌を指標とした清掃の効果について− | 杉山智昭,小林幸雄 | ||
| 北方四島の先史文化研究と博物館交流の基礎づくり(T) | 右代啓視,鈴木琢也,村上孝一,スコヴァティツィーナ,V.M | ||
| 富山県高岡地方の鉄釜製造技術調査報告 | 会田理人 | ||
| 1912年、サハリン先住民と研究者、行政の三者に関するメモ | 田村将人 | ||
| サハリンのニヴフにおける興味深い利用植物 | 水島未記,白石英才 | ||
| 資料紹介 北海道開拓記念館所蔵の蒸気機関 | 会田理人 | ||
| 展示会『お茶の間からリビングへ−家族をとりまく道具の変化−』を企画して −現代を展示するのに、なぜWiiとiPodは必要だったのか− |
出利葉浩司,池田貴夫,青柳かつら | ||
| 史料紹介 松前藩足軽木村源吉『公私日記』 −近世後期における松前藩足軽の職務と日常生活− |
三浦泰之 | ||
| 第40号 | 平成24年3月 | オサムシ科甲虫群集を利用した森林環境モニタリング | 堀 繁久 |
| 分子生物学的手法を用いた歴史的木造建築物の生物劣化調査(その2) −DNA塩基配列解析による木材腐朽菌の同定について− |
杉山智昭,小林幸雄,小林孝二 | ||
| 昭和戦前期の樺太におけるコンブ漁 | 会田理人 | ||
| 高度経済成長期前後における北海道林業労働者の生業技術の変遷 −士別市朝日町の事例− |
青柳かつら | ||
| 木挽鋸ノート −所蔵資料の紹介と分析− | 小林幸雄 | ||
| 森林ボランティア活動の発展モデル構築の試み −北海道の団体の分類と活動事例調査を中心に− |
青柳かつら | ||
| 奥尻島における水田稲作の変遷 −開拓とは何だったのかを考える手がかりとして− | 池田貴夫 | ||
| 北海道における小氷期最寒冷期の実態とアイヌ民族との関係T −伊達市カムイタプコプ下遺跡およびポンマ遺跡での調査速報− |
添田雄二,青野友哉,菅野修広,松田宏介,中村賢太郎, 上中央子,三谷智広,渡邊剛,宮地鼓,鈴木明彦,圓谷昴史, 鈴木正章,伊達元成 |
||
| 北方四島の先史文化研究と博物館交流の基礎づくり(U) | 右代啓視,鈴木琢也,村上孝一,スコヴァティツィーナ,V.M | ||
| 北海道南西部、檜山地方北部の神社祭祀 | 舟山直治 | ||
| モノをとおしてみた北海道における高度経済成長期前後の産業と生活の変化について −分野別研究「『高度経済成長期』における道民生活の変化に関する基礎的研究」の経過報告− |
出利葉浩司,会田理人,青柳かつら,池田貴夫,小林孝二, 舟山直治,村上孝一,山際秀紀 |
||
| 資料紹介 サハリン州郷土博物館所蔵のポンシントコについて | 舟山直治 | ||
| 『樺太日日新聞』掲載樺太実業団野球関係記事:目録と紹介 | 会田理人 | ||
| 資料紹介 北海道−樺太間海底電話ケーブル | 会田理人 | ||
| 北海道開拓記念館所蔵の『蝦夷島奇観』写本をめぐって −平沢屏山筆絵画との関係− | 山際晶子 | ||
| 第157回テーマ展「小嶋コレクションにみるアイヌ文化の世界−なぜ民芸品店店主が民具を集めたのか?−」を企画して | 田村将人,出利葉浩司 | ||
| 筑前国の「好古家」江藤正澄と松浦武四郎−江藤正澄『遺憾録』を中心に− | 三浦泰之,山本命 | ||
| 第41号 | 平成25年3月 | 開拓使期の十勝アイヌ共有財産 | 山田伸一 |
| 「アイヌ文化の漆椀」の形態分類に関する基礎的検討 −北海道開拓記念館所蔵資料の分析を手がかりとして− |
小林幸雄 | ||
| 北海道における小氷期最寒冷期の実態とアイヌ民族との関係U −伊達市カムイタプコプ下遺跡での調査速報− |
添田雄二,青野友哉,菅野修広,永谷幸人,河畑敦史, 三谷智広,中村賢太郎,宮地鼓,渡邊剛,伊達元成,上中央子 |
||
| 北方四島の先史文化研究と博物館交流の基礎づくり(V) | 右代啓視,鈴木琢也,薮中剛司,高畠孝宗,村上孝一, スコヴァティツィーナ,V.M |
||
| 大正期利尻島のアワビ移植事業(1) | 会田理人 | ||
| 北海道南西部における異民族間交流史の民俗学的研究 −渡島半島の日本海沿岸と内浦湾沿岸の神社祭祀を中心に− |
舟山直治 | ||
| ニヴフの交易活動に係る聴き取りと物質文化資料の調査について −2010年度調査報告− |
東 俊佑,白石英才 | ||
| B.S.ライマンのアイヌ資料収集に関する小論 −「北海道地質調査助手への一般的指示」を中心に− |
財部香枝 | ||
| V.N.ヴァシーリエフのアイヌ物質資料の収集過程に関する資料 | 田村将人 | ||
| 昭和戦前期の新聞写真 −小樽新聞記者藤井伝一郎旧蔵写真群について− |
三浦泰之 | ||
| 特別展「どんぐりコロコロ」の企画と観覧者の反応 | 水島未記,堀 繁久 | ||
| 余市町教育委員会所蔵の《アイヌ絵(武者のぼり下絵)》について −「島の為朝」図との関係− |
山際晶子 | ||
| 早坂文嶺筆『蝦夷島奇観』写本について | 山際晶子 | ||
| 厚沢部町から収集した神楽関係資料 | 舟山直治,池田貴夫,村上孝一 |